文部省に提出した「請願書」の謀りを暴く!


請願書の中で浅井会長は、日蓮正宗七百年の唯一の宿願が国立戒壇であることを主張しているが、浅井会長は、「天皇帰依」を述べていないのである。
「三大秘法抄」の「勅宣並びに御教書を申し下して」を解釈するにあたり、「勅宣・御教書」を「国家意思」とし、その「公式表明をそのふむべき手続きとせよとの意」であるとし、たとえ政治態勢がどのように変革されようとも、国家ある限り、国の主権者ならびに国家意志は存在いたします。ゆえに本門戒壇の建立についての宗祖の右規定は不易のものであります。」
この文脈からすれば、国の主権者たる「国主」は「天皇」に限らないことになる。
「日興上人の垂迹たる本化聖天子」はいったいどこにいったのか。?
浅井会長自身の持論に従うと、もし、「本化聖天子」説を捨てたのであれば、「御遺命を破壊」したことになる。
もし、「本化聖天子」説を捨ててなければ、「政府に対して欺瞞」回答をしたことになる。
しかし、「請願書」を改めて読み直してみて、正宗系教団関係者以外には、意味が通じない内容であると感じるものである。
また、「日蓮正宗法華講支部妙信講」て何なんでしょうね?・・・
「日蓮正宗法華講○○寺支部、又は、○○地方支部妙信講」なら判りますが、おかしな表現ではないでしょうかね。?




『請 願 書』
                                      束京都板橋区常盤台一丁目一六番六号
                                             日蓮正宗法華講支部妙信講
                                            代表者理事長 浅 井 昭 衛

文部大臣  永 井 道 雄 殿

請 願 の 趣 旨


昭和四五年四月二三日付創価学会から政府に提出した国立戒壇の意義についての回答は、同会が信奉
する日蓮大聖人および日蓮正宗の教義に全く相違するものであります。
 よって日蓮正宗法華講支部妙信講は右回答の教義上の偽証を指摘し、本門戒壇の正義を示すと共に、
右回答が政府ならびに国会を欺いた事実に基き、主務官庁たる文部省が蓮かに真相を調査糺明せられ、
国立戒壇の本義を改めて国会に訂正報告せられるよう請願するものであります。
   
請 願 の 理 由

、昭和四五年四月、政府から創価学会に対し、国会への答弁のため国立戒壇の意義について照会が為された際、創価学会は同年四月二三日付を以て次のごとく回答いたしました。

「一、本門戒壇とは本尊をまつり、信仰の中心とする場所のことで、これは民衆の中に仏法が広まり、一つの時代の潮流となったとき、信者の総意と供養によって蓮てられるべきものである。

二、既に現在信徒八百万人の参加によって、富士大石寺境内に正本堂の建設が行われており、昭和四七年一〇月回一日には完成の予定である。これが本門戒壇にあたる。

三、一時、本門戒壇を”国立戒壇”と呼称したことがあったが、本意は一で述べた通りである。蓮立の当事者は信徒であり、宗門の事業として行うのであって、国家権力とは無関係である

、創価学会は日蓮正宗の教義を信奉する同宗の一信徒団体であり、日蓮正宗は宗祖日蓮大聖人の遺文を所依の経典とし、宗祖より付法所伝の教義を本とする宗団であります。されば重大教義たる本門戒壇についての創価学会の見解は、亦日蓮大聖人および日蓮正宗の教義に基くべきであります。

、日蓮正宗の根本教義は三大秘法といい「本門の本尊」と「本門の題目」と「本門の戒壇」をその内容としております。このうち「本門の本尊」とは弘安二年に日蓮大聖大が書顕された本門戒壇の大御本尊であり、「本門の題目」とはこの御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えることであり、「本門の戒壇」とは日本全体が正法に帰依した時、この御本尊を安置する施設を国家的に蓮立することであります。
 この三大秘法のうち「本門の本尊」と「本門の題目」は宗祖の御在世中に成就いたしましたが、「本門の戒壇」の一事は、その蓮立が国家的・公的になされるべきものなので、一国全体の帰依を待たねば実現されず、よって日蓮大聖大はその実現を滅後の門弟に遺命されたのであります。以来「本門戒壇」の建立は日蓮正宗七百年の唯一の宿願でありました。

、「本門戒壇」が、いつ、どのような手続を経て、どこに建てられるかは、日蓮大聖人の定める所であります。すなわち、宗祖遺文の三大秘法抄には次のごとき教示があります。
 「戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を蓮立すべきものか」
 右遺文によれば本門戒壇蓮立の「時」については、王法(一国の政治・国家権力)が仏法を根底の指導原理とし、国主・為政者も仏法を信じ、身命を賭しても正法を護持せんとする精神が一国に漲った時、と規定しております。すなわち、国家次元における正法帰依が現実になった段階が戒壇建立の時であります。
 次に戒壇建立の手続きについては「勅宣並びに御教書を申し下して」との文がその規定であります。
「勅宣」とは天皇の詔勅、「御教書」とは時の行政府の令書であります。すなわち「勅宣・御教書」とは国家意志を意味し、国家意志の公式表明をそのふむべき手続きとせよとの意であります。この文が「本門戒壇」が国家に関与した公的建立であること、すなわち「国立戒壇」という根拠であります。
たとえ政治態勢がどのように変革されようとも、国家ある限り、国の主権者ならびに国家意志は存在いたします。ゆえに本門戒壇の建立についての宗祖の右規定は不易のものであります。

、日蓮正宗の歴代法主は異口同音に七百年来宗祖の遺命のまま国家的建立の戒壇を叫び続けてまいりました。そして明治以後はとりわけ「本門戒壇」の意義内容を対外的に闡明(せんめい)すべく「国立戒壇」の名称を以て本門戒壇を呼んでまいりました。
 宗祖の遺命が国立戒壇であることの主張は、敗戦による革命的政治変革にも微動もしておりません。
 終戦後、日蓮正宗歴代法主が国立戒壇を主張した実例を挙げれば第五九代日亨上大は
 「宗祖・開山出世の大事たる政仏冥合・一天広布・国立戒壇の完成を待たんのみ」 (大白蓮華一一号)
  第六四代日昇上大は
 「血脈付法の法主を継げる日昇之を受納して戒壇本尊奉安殿と名付け、此処に戒壇本尊を永大に安置し奉るなり。時を持つべきのみ事の戒法とは之なりの金言を体して、必ず来るべき国立戒壇建立の暁まで守護すべし。後の法主も一心同体たるべきを確信する」 (大白蓮華五九号)
第六五代日淳上人は
 「大聖人は広く此の妙法が受持されまして国家的に戒壇が建立せられる、その戒壇を本門の戒壇と仰せられましたことは三大秘法抄によって明白であります」 (日淳上人全集)
 「この元朝勤行とても、宗勢が発展した今日、思いつきで執行されたというのでは勿論なく、二祖日興上人が宗祖大聖人の御遺命を奉じて、国立戒壇を念願されての広宣流布祈願の勤行を伝えたものであります」(日淳上人全集)
現管長細井日達上人も
 「事の戒壇とは富士山に戒壇の本尊を安置する本門寺の戒壇を建立することでございます。勿論この戒壇は広宣流布の時の国立の戒壇であります」 (大日蓮一八三号)と述べております。

、創価学会も日差正宗の教義に基く信徒団体なるゆえ、曽っては宗祖遺命の本門戒壇は即国立戒壇として、盛んにその実現を願求・主張しておりました。
 同会第二代戸田会長は「国立戒壇の建立、即ち三大秘法の本門の戒壇の建立は本尊流布とともに当然完成されることはいうまでもない」(大白蓮華六〇号)
 さらに現会長池田大作も 「国立戒壇の建立こそ、悠遠六百七十有余年来の日蓮正宗の宿願であり、また創価学会の唯一の大目的なのであります」(大白蓮華五九号)と述べております。

、以上により宗祖遺命の「本門戒壇」とは「国立戒壇」であり、この義が日蓮正宗ならびに創価学会における根本教義であったことは明々白々であります。

、然るに前記創価学会の回答によれば「本門戒壇」は国家と無関係に宗門信徒が立てるものとし、すでに建てつつある正本堂がそれに当る旨を述べております。これこそ宗祖日遠大聖人の遺命ならびに日蓮正宗の教義を偽わり、さらに創価学会自身の年来の主張にも矛盾するものであります。

、創価学会がかかる重大教義を偽わり曲げた動機はその政治進出にあります。とりわけ公明党結成以来、年来の「国立戒壇」の主張が世間の抵抗を受けたため、これを選挙に不利と判断し、「国立戒壇」の教義を抛棄し、俄かに立てた正本堂を以て宗祖遺命の戒壇と偽ったのであります。
 さらに昭和四十五年春、言論問題に関連して国会で「国立戒壇」の違憲性を追求されるや、同会々長池田大作は国会喚問を恐れるのあまり、ついに政府の照会に対し前記回答を提出したのであります。

一〇、およそ教義は宗教の生命であります。卑くも選挙の便や自己保身のために曲げることは仏法上許さ
  れることではありません。
 よって妙信講は昭和四四年以来連々として創価学会を諌めてまいりました。そして昭和四五年九月一一日には今後歪曲をせざるよう確認書を同会に認めさせ、さらに昭和四七年一〇月三日には同会機関紙「聖教新聞」紙上に歪曲を訂正させる記事を掲載せしめました。
 しかしながら同会は表面妙信講の諌めを聞き入れるがごとく粧(よそお)いながら内心は聊(いささ)かも改めず、自ら犯した教義偽瞞(ぎまん)の悪事が外部に露見するのを只管(ひたすら)恐れ、日蓮正宗内に強力な言論統制を布き、国立戒壇の名称使用を禁止させ、これに随わざる僧俗を宗務院を示嗾(しそう)して次々と弾圧したのであります。ために妙信講は昨年八月解散処分に付され、幹部三三名は除名処分を受け、また日蓮正宗の僧侶として能化の高位にあった松本日仁師(八四才)と大僧都八木直道師(七六才)は宗門追放という苛酷(かこく)の処分を受けたのであります。

一一、しかしながら弾圧で教義は曲げ得るものではありません。
 前記日蓮大聖人の三大秘法抄および日蓮正宗歴代法主の指南、ならびに創価学会の曽っての主張に照応すれば、昭和四五年四月二三日付創価学会の回答は教義を偽わり、政府ならびに国会を欺いたものであること明瞭であります。

一二、また国家の興亡盛衰の根源は仏法によります。ゆえに日蓮大聖人は「国土の盛衰を計ることは仏鏡にはすぐべからず、乃至王法の曲るは小波・小風のごとし大国と大人をば失いがたし、仏法に失あるは大風・大波の小船をやぶるがごとし、国のやぶるる事疑いなし」と仰せであります。今、創価学会が末法唯一の正法たる三人秘法の義を一国に偽わるは「仏法の(とが)」これに過ぎたるはなく、日本の命運に重大な影響をもたらすは必定であります。

一三、ここに文部省は、創価学会が前記回答を以て政府ならびに国会を欺いた事実に基き、監督官庁として速かに真相を調査糺明し、国立戒壇の本義を国会に改めて訂正報告せられるよう請願するものであります。 
                                                            以上
   昭和五〇年六月二八日

(御遺命守護の戦い 202〜209ページ)

inserted by FC2 system