浅井昭衛先生講演特集

(1)男子部臨時幹部会<平成八年九月二一日・大宮ソニックシティ〉
 自虐史観を捨て仏法史観に立て

(2)男子部幹部会<平成二〇年八月一七日・船橋アリーナ〉
諸天に申し付け化導し給う
  日蓮大聖人の御威徳を拝せよ



 本書は、平成十八年九月二十一日開催の男子部臨時幹部会および同二○年八月十七日開催の男子部幹部会における浅井先生の講演を、併せて収録したものであります。
                   <編集部>

  目 次

〈平成18年9月21日・大宮ソニックシティ〉

【男子部臨時幹部会】

 「三万人の男子部大会を」 10
 「今こそ「末法濁悪」  12
 「確固たる歴史認識を持て」 13
 「仏法の鏡に照らして見よ」 15
 「白人による植民地争奪」 16
 「侵略、日本に迫る」  18
 「明治維新以後の四つの戦争」 20
 「朝鮮半島は日本の生命線」 20
 「日清戦争」 21
 「日露戦争」 24
 「小国日本が勝った」 25
 「日中戦争」 27
 「盧溝橋事件の真相」 29
 「コミンテルンの謀略」 31
 「西安事件」 33
 「通州事件」 34
 「漁夫の利」 36
 「日米戦争」 37
 「排日移民法」 38
 「石油禁輸と『ハル・ノート』」 39
 「スターリンの謀略」 40
 「マッカーサーの議会証言」 43
 「ソ連の参戦」 46
 「侵略戦争ではないが罰」 48
 「『大闘諍』はこれから」 49
 「忠誠貫く大集団必ず出現」 51

〈平成20年8月17日・船橋アリーナ〉

 【男子部幹部会】

 「地涌の流類一堂に」 58
 「広宣流布の突破口」 61
 「広宣流布は大聖人の御威徳で成る」 62
 「諸天の存在とその力用」 64
 「諸天の誓い」 66
 「諸天の力用」 66
 「『見えないから否定』は非科学」 67
 「厳然たる現証を見よ」 69
 「竜の口の大垣証」 70
 「白界叛逆の大現証」 73
 「他国侵逼の大現証」 74
 「諸天に申し付ける大境界」 77
 「今こそ広宣流布の時」 77
 「天変地夭と大闘諍」 79
 「地球温暖化は諸天の働き」 81
 「科学が仏法に近づく」 82
 「米国の金融危機」 85
 「中国経済は崩壊寸前」 86
「『前代未聞の大闘諍』は必ず起こる」88
 「やがて弾圧が始まる」 88
「憎悪の標的は『日本』」 90
「諸天いかで許そうか」 92
「三人秘法根底の日本を築かん」 94



男子部臨時幹部会(平成18年9月21日)
【自虐史観を捨て仏法史観に立て】


 きょうの臨時幹部会は、男子部らしい気随に満ちた、まことに素晴らしい集会であります。平日の夜、しかも急遽(きょ)の開催にもかかわらず、よくぞ全国から勇んで馳せ参じてくれました。この心意気この情熱、心から嬉しく思います。
 昨年九月、あの歴史的な男子部幹部大会を開催いたしましたが、それよりちょうど一年ですね。あの日、白ワイシャツに身を包んだ一万三千の男子精鋭が横浜アリーナの大会場を埋め尽くした光景は、今なお私の眼に焼き付いております。
 男子部はあの幹部大会より一段と逞(たくま)しさを増し、人材も続々と集いつつある。この姿は、大聖人様のお待ちあそばす大法戦場にひたひたと馳せ参ずる、若き地涌(じゆ)の流類を感じさせるものであります。

 【三万人の男子部大会を】

さてきょうは、この臨時幹部会で、大事なことを決めたいと思っております。
昨年の幹部大会で、私はこう言った。
 「他国侵逼まであと十有余年、その時までに男子精鋭十万を結集して、大聖人様に応え奉ろう。日本を救おう」と。
 それより一年、いよいよ具体的に十万結集を進めなくてはなりません。その第一段階として、まず三万人の結集を三年後に成し遂げたい。
 三年後の平成二十一年は、大聖人様が立正安国論の諌暁をあそばされてより七五〇年に当る大節。また北京オリンピックの翌年であり、中国が動き出すであろう二○一○年代の、まさに入り口に当っております。
 この年に三万人の男子部大会を開き、いよいよ十万結集を確実にしたい。こう私は思っておりますが、男子部諸君、どうだろうか。(大拍手)

 【今こそ「末法濁悪」】

 すでに広宣流布は、いま大詰めを迎えております。大聖人様が広宣流布・国立戒壇建立の時と御予言された「末法濁悪の未来」とは、まさしく今であります。
 その「末法濁悪の未来」とはどういう時代かといえば、特徴は二つある。
 一には、人の心が著しく崩れる時代。二には「前代未聞の大闘諍」が世界的規模で起こり、日本がまさに亡びんとする時代であります。
 いまの日本を見てごらんなさい。人の心は崩れて、獣のようになってきている。息子や娘が平然と親を殺す。親はわが子を虐待して殺す。こんな荒んだ世の中が、曽ての日本にあったでしょうか。物質的に恵まれているにもかかわらず、人の心は獣のようになってしまった。これが末法濁悪の特徴の第一です。
 また、今や中国の核は世界を制覇しようとしている。これこそ「前代未聞の大闘諍」の兆であり、日本は風前の灯火になっている。
 この日本の危機をもたらした最大の原因は、正系門家の仏法違背であります。池田大作は「選挙に不利だ」として、国立戒壇建立の御遺命を抛った。宗門はこれに諂い協力した。ここに御本仏一期の御遺命はまさに破壊されんとしたのです。どうして国が保つでありましょうか。
 そして不思議なことに、この御遺命破壊の池田大作が、他国侵逼の道を開けたのです。彼は当時中国首相だった周恩来の術策に乗せられて日中国交回復の先導役を務め、日本からODA等の巨額のカネが流れるようにした。そのカネがいま中国の核ミサイルとなって、日本にその標準が合わされているのであります。

 【確固たる歴史認識を持て】

 そしてこの中国はいま、日本に対してしきりに「日本は侵略国家だ」「悪いことをした国だ」「歴史を鏡として謝罪せよ」などと言っている。国家主席の胡錦濤も口を開けば「歴史認識、歴史認識」と繰り返しております。
 そこできょうは少しばかり、歴史認識について触れておきたい。男子部諸君は確固たる歴史認識をもって、現在がいかなる時であるかをよくよく見つめ、広宣流布を力強く進めてほしいのであります。
 歴史の見方にはいろいろある。あるいは皇国(こうこく)史観、あるいはマルクス・レーニン主義の階級闘争史観、さらに敗戦後は自虐史観などという、日本人自らが「日本は悪い国だ」などと決めつける、わけのわからぬものまである。
 これらを一言でいえば、皇国史観は国主の福徳の因果を未だ弁えぬ部分的歴史観、階級闘争史観は共産主義による修羅界の偏見にすぎない。

 そして問題の自虐史観ですが、これは、始めは戦勝国アメリカが占領政策の一環として、日本を弱体化するためにこれを利用した。そして後には、中国・ソ連(現在のロシア)・北朝鮮等がこれを利用して日本人に贖罪意識を植え付けたのです。
 この自虐史観によって、「日本は侵略戦争を起こした悪い国」とされ、中国に全く頭が上がらぬ国になってしまった。この自虐史観こそ、まさしく他国の謀略に踊らされている歴史の見方であります。
 正しい歴史の見方は、仏法の鏡に照らした仏法史観以外にはないのです。
 大聖人様は神国王御書にこう仰せられている。
 「我が面を見る事は明鏡によるべし。国土の盛衰を計ることは、仏鏡にはすぐべからず」と。
――自分の顔を見るには、よく磨かれた鏡を見ればよい。だが国家の興亡盛衰の原因を知るには、仏法の鏡による以外にはない――との仰せであります。


   【仏法の鏡に照らして見よ】

 では、この仏法の鏡に照らしたとき、日本が明治維新以来戦ってきた日清戦争・日露戦争・日中戦争・日米戦争等は、いったい何だったのか――。
 これを中国は侵略戦争だという。果して本当にそうなのか。
 結論から先に言います。
 これは侵略戦争ではない。日本が引きずり込まれた戦争であり、自衛のための戦争であった。しかし、このような戦争に引きずり込まれたこと自体が、日蓮大聖人に背き続けてきた日本の罰である――これが仏法の鏡に照らした実相であります。
 日興上人の申状を拝してごらんなさい。
 「所詮、末法に入っては、法華本門を建てられざるの間は、国土の災難日に随って増長し、自他の叛逆歳を逐うて蜂起せん」
 ――末法においては、日蓮大聖人の三大秘法に背き続ける間は、国土の災害は日とともに増大し、自界叛逆と他国侵逼は歳を逐って激しくなる――と。
 どうです、この仰せのとおりでしょう。大聖人御入滅後の日本の歴史を大観すれば、幕末までの五百数十年は、まさに戦国時代に象徴される内戦、自界叛逆の時代であった。そして明治維新以降は他国侵逼の時代に入り、その戦争も歳を逐うて大規模になりつつあるのであります。

   【白人による植民地争奪】

 まず幕末の日本に、東洋に次々と植民地を求める白人たち、すなわち欧米の侵略が近づいて来たのです。この背景を知るには、歴史を五百年さかのぼって世界史を播かなければいけない。
 いいですか。
 いまから五百年前、コロンブスがアメリカ大陸を発見した。これから、いわゆる「大航海時代」が始まったのです。大航海時代なんていうと格好いいが、実は白人による植民地争奪の侵略戦争が、この時から始まったのです。
 白人は有色人種の国々を次々と「鉄砲と十字架」で侵略していった。これを最初に実行したのが、スペインとポルトガルですよ。この二国は、世界中の有色人種の国々を二分割するような勢いで先陣を争った。
 スペインが南米で、先住民を動物を殺すように征服していったその残虐ぶりは、歴史に残っている事実ですね。この大殺戮により、インカ帝国は滅亡してしまったのです。

 ついでオランダ、イギリス、フランスがこれに続き、十九世紀半ばになると、白人の世界侵略はア入リカ、中南米、さらにアジア太平洋地域のほとんどを獲り尽くしてしまった。
 アフリカの地図を見てごらんなさい。国々の国境は、定規で引かれたように直線になっているでしょう。これは白人がアフリカを分割した線引きの跡、植民地争奪の傷痕ですよ。
 彼らは土地を奪っただけではない。アフリカから黒人を数百万人捕えては奴隷にし、これを市場で売買して、動物のごとく鞭で打って使役をした。平和に暮していた先住民をこのように虐待した。これをこそ「侵略」というのであります。


 【侵略、日本に迫る】

 そしてこの侵略が、十九世紀半ばには日本に迫ってきたのです。
 このとき、すでに日本周辺のアジア諸国はすべて侵略されて植民地になっており、日本だけが独立を保っていた。これが幕末におけるアジアの状況です。
 たとえばイギリスはインド、ビルマ、マレー半島を植民地にした。フランスは中国からベトナムを奪った。ですから、今でこそベトナムと呼んでいるが、当時は仏領インドシナと呼ばれていたのです。またオランダはインドネシアをぶん取り、アメリカは西へ進んでハワイ、フィリピンを獲った。ことに注目すべきは、ロシアが南下して沿海州を奪い、旅順や北朝鮮の港を占拠し、全朝鮮半島を支配する構えを見せていたことです。
 そのような状況の中で、極東の小国・日本だけが、不思議にも欧米列強の植民地になることを免れていたのです。だがその日本にも、幕末の嘉永(かえい)六年に、ペリーが黒船艦隊を率いて開国を迫ってきたのであります。

 この嘉永六年という年は、歴史の大きな分岐点ですね。この嘉永六年からの三年間に、大地の咆吼(ほうこう)のごとき巨大地震が四回も立て続けに起きている。この大地動乱こそ、日本がいよいよ他国侵逼を受ける時代に入ったことの前相だったのです。
 そして嘉永六年から十五年後に明治維新になる。これより日本はいよいよ他国との戦争に引きずり込まれていくのであります。
以下、その流れの、大要・概略を説明しておきます。

  【明治維新以後の四つの戦争】

 思うに、明治の日本人は、日本の周囲が次々と侵略されていくのを見て、どれほど心細かったことか。明治の日本人は、国防を忘れたいまの俯抜けのような日本人とは違う。たいへんな危機意識を懐いていたのです。

  【朝鮮半島は日本の生命線】

その日本が、もっとも恐れていたのが、領土野心に燃えるロシアの南下であった。
 当時のロシアは不凍港(ふとうこう)を求めて、朝鮮半島を狙っていたのです。ロシアは領土は広大であったが、冬になるとすべての港が凍ってしまう。そこで不凍港を求めて朝鮮半島に南下して来たのです。
 もし朝鮮半島がロシアの手に落ちれば、次は日本が侵される。ゆえに朝鮮半島こそ日本の生命線であった。そこで日本は、ひたすら朝鮮の自主独立を望んだのです。

【日清戦争】

 当時の朝鮮は、中国大陸の「清(しん)」という国の属国になっていた。この清は大国ではあったが、自国の領土保全もままならぬ老廃国たった。だからもしこの清に朝鮮を任せて放置すれば、必ず朝鮮半島はロシアに領有されてしまう。
 そこで日本は、何とか朝鮮が独立を保(たも)ったしっかりした国になってくれるようにと、明治九年に「日朝修好条約」を結んだのです。その条約の第一条にはこうあった。
  「朝鮮は自主独立の国であり、日本と平等の権利を有する」と。
 この修好条約が結ばれたことにより、日本と朝鮮の双方に喜ぶべき状況が生まれたのです。
 ところが、日本を小国と蔑(あなず)っていた清国は、あくまでも朝鮮を属国にしようとして、口実をもうけて朝鮮に出兵してきた。そこで日清戦争が始まったのです。

 どちらが正義であるかは一目瞭然でしょ。日本は「朝鮮を独立させたい、何とかしっかりした国になってもらいたい」との目的しかない。清国は「属国になれ」ということですよ。どちらに正義があるかは明らかであります。
 当時、清国は老廃国ではあったが、世界からは「眠れる獅子」といわれ、小さな日本と比べればたいへんな強国だった。そこで勝つことは難しいと思われていたのです。
 だが、日本が勝った。そして日本はその講和条約において、清国にはっきりと、朝鮮を独立国として認めさせた。日清戦争の目的はここに達成されたのです。これが明治二十八年のことであります。

【日露戦争】

 そしてこの九年後に、日露戦争が始まる。
 清国が朝鮮半島から手を引いたあと、こんどは最も恐ろしいロシアが、朝鮮半島に南下して来たのです。
 ロシアは対馬の正面に位置する巨済島にまで要塞を築こうとした。日本はこれを何とか中止させようと、必死の抗議を重ねた。しかし日本を軽視していたロシアは抗議を全く無視した。
 もし巨済島に要塞が設けられたら、日本は存立の危機に陥る。ここに、自衛のためやむなくロシアと戦わざるを得なくなったのであります。
 当時のロシアは、世界最強の大国だった。とうてい勝ち目はない。だからこの宣戦布告を決する御前会議で、明治天皇は落涙されている。「勝つ見込みのない戦争だが、戦わなければ日本は亡びる。もし負けたら皇祖・皇宗に対し、そして国民に対し・・・」――この悲痛な思いが、涙となったのでありましょう。世界各国も、日本は必ず負けると思っていた。

【小国日本が勝った】

 だが、日本の陸軍は奉天の会戦で、あのコザック騎兵で有名な世界最強のロシア陸軍を打ち破ったのです。日本の司令長官は大山巌元帥であった。
 また海軍は日本海海戦において、これも世界無敵といわれたロシアのバルチック艦隊を潰滅させた。日本海軍連合艦隊の東郷平八郎司令長官は、戦闘開始に当って旗艦「三笠」のマストに、Z旗の信号を挙げた。
  「皇国の興廃この一戦に在り、各員いっそう奮励努力せよ」と。
 まさにこの一戦こそ、日本の命運を賭した一大海戦だったのです。
 当時の日本は明治天皇のもと、政治家も、官僚も、軍人も、国民も、みな「お国のためなら」と命を投げ出していた。いまの腐敗堕落、魂のぬけたような日本とは天地雲泥であった。

 この日本の勝利は、全世界を驚嘆させた。何しろ、アジアの有色人種の小国が、世界最強の白人国家・ロシアを打ち破ったのだから、まさに驚天動地だったのです。
 これが世界にどんな影響を与えたかというと、日露戦争以降、白人の植民地は世界で一つも増えていない。まさしく白人による世界植民地争奪戦は、コロンブス以降四百年にして、ここに完全に挫折したのであります。

【日中戦争】

次に、いま中国がもっとも重視している日中戦争について述べます。
 中国は「日本が侵略した、侵略した」と盛んに宣伝して、日本人の心に自虐史観を刷り込んだが、この戦争はどうして起きたのであろうか。
 その発端が「盧溝橋(ろこうきょう)事件」であったとすることは、日中両国の共通認識です。
 だから中国は、盧溝橋のすぐ傍に広大な「中国人民抗日戦争記念館」を建て、日本軍の残虐ぶりを写真や人形で示し、この日本兵と戦って中国人民を守ったという中国共産党軍の「雄姿」なるものを宣伝しております。しかし実際は、日本軍は蒋介石の率いる国民党軍とは戦ったが、中国共産党軍とは戦っていないのです。つまりこの展示は、中国人民に日本への敵意を懐かせることを目的にした捏造なのです。
 しかし、訪中する日本の政治家のほとんどはここを訪れる。いや訪れさせられるのです。歴代総理の多くもここを訪れ記帳しては、謝罪の意を表わしております。
では、この盧溝橋事件というのはどういうものかというと――昭和十二年七月七日の夜、廬溝橋付近において、条約に基づく国際平和部隊の一部として駐屯していた日本軍の一箇中隊に対し、何者かが発砲したという事件であります。
 そして中国は、この事件を、日本が侵略戦争を開始するために自ら仕組んだもの、これが侵略の始まりだといっているのです。

【盧溝橋事件の真相】

 だが近年になって、重大な事実が明らかになってきた。それはこの事件が、実は中国共産党が仕組んだ罠であったということです。
 当時の中国は、蒋介石(しょうかいせき)が率いる中国国民党と、毛沢東(もうたくとう)の率いる中国共産党の二大勢力が中国大陸で激しく争っていた。そして毛沢東の中共軍は蒋介石の国民党軍に完膚なきまでに叩き潰され、十万の兵力がわずか六千にまで減り、命からがら延安(えんあん)まで逃げのびたのです。
 この逃避行が中国共産党でいうところの「大長征(だいちょうせい)」です。
「大長征」といえば格好いいが、実のところは命からがら逃げのびたのです。
 この中国共産党が勢力挽回・起死回生の策として考え出したのが、国民党軍と日本軍とを戦わせて漁夫の利を得ようとするものだった。―その謀略こそが、盧溝橋事件だったのであります。

 謀略はこのように実行された。中国共産党のスパイが国民党軍の中に入り込み、まず日本軍に発砲した。さらに国民党軍に対しても発砲した。
双方とも相手が攻撃したと思い込み、やがてこれが全面戦争にまで発展していったのです。
 このことは、中国共産党の教科書といわれる「戦士政治課」の中に、「劉少奇(りゅうしょうき)指揮のもとに抗日救国青年隊が、中共の指令に基づいて実行した」と記されているし、
 また日本側でも、事件の直後、中共軍司令部に向けて「成功せり」という緊急電報が打たれたのを傍受したという証言が出ている。まさに日本軍は盧溝橋事件に「巻き込まれた」のであります。

【コミンテルンの謀略】

だが、盧溝橋事件には、その背後にさらに大きな謀略が潜んでいた。それがコミンテルンの指令、すなわちソ連首相・スターリンの謀略であります。
 コミンテルンとは、ソ連が結成した国際共産主義の組織です。
 ソ連という国は、日ロ戦争に敗れた帝政ロシアにおいて、レーニン等が共産革命を起こして作った国ですが、レーニン等は、共産主義の革命団体を世界中に作り出し、そのすべてをモスクワの指令によって動かし、各国の内部を混乱に陥れて共産革命を世界に広げることを企てていた。かくて結成されたのがコミンテルンです。そしてこのコミンテルンの指令は、各国の共産主義団体に対し、絶対の権威を持っていたのです。
 コミンテルンはロシア革命の立役者・レー・ニンによって一九一九年に結成され、その後、スターリンがこれを引き継いだ。
 スターリンは共産主義の水門を大きく世界におし広げ、結果、三つの大陸に十三の共産主義国家を誕生させ、人類の三分の一以上を共産化することに成功したという政治的天才であり、謀略と残忍性を兼ね備えた、史上稀に見る奸物(かんぶつ)であります。

 彼は冷酷無比な血の粛清、その犠牲者は数百万人にもおよぶが、その粛清でソ連国内を震え上がらせると共に、ソ連の国益を求めて国際的な謀略を駆使したのです。
 当時のソ連は、ドイツのヒトラーとの戦争に備えていた。この戦争を有利に進めるには、ソ連の東部国境の満蒙に配置されている日本の精鋭・関東軍を無力化する必要があった。そのため、日本軍と蒋介石が率いる国民党を戦わせることを、スターリンは謀ったのです。
 この戦略が成功すれば、国民党軍に追われて延安まで逃げ、全滅に近い状態になっている毛沢束の中国共産党をも救うことになる。そこでコミンテルンは中国共産党に、「国民党と妥協し、日本軍と戦え」との指令を発した。

【西安事件】

 この指令を受けて、中国共産党の周忌来は西安へ飛んだ。この西安には、実は蒋介石が中国共産党に対する最後の総攻撃を打ち合わせるために来ていたのです。
 ここで、盧溝橋事件の伏線となる西安事件が起こる。
 なんと蒋介石が部下の張学良の罠にはまって、逮捕・監禁されてしまったのです。
 ところが、二週間後に蒋介石は釈放され、首都南京に戻っている。
 すると蒋介石は、それまで中国共産党と戦って「あと一歩」というところまで追いつめていたのに、突如、それまでの支那統一方針を一転させ、中国共産党への攻撃を中止して対日攻撃の戦争準備に入った。この方針転換は、西安で監禁されていたとき、中国共産党の周忌来と協議して合意したものだという。

 そして蒋介石のこの方針転換を確認するや、ソ連は蒋介石に対し、極秘に三億ドルにものぼる莫大な軍事援助を開始しているのです。
 この経過を見れば、西安事件こそまさに盧溝橋事件の伏線であり、ソ連のスターリンが蔭(かげ)で糸を引いていたことは明白です。
 すなわちスターリンは、中国共産党を使って張学良に反乱を起こさせ、捕われの身となった蒋介石に命の保証と引き替えに方針転換を迫り、その見返りとして莫大な軍事支援を与えるという交渉を、周恩来にやらせた――というわけです。
 そして、この西安事件の半年後に、盧溝橋事件が起き、日本軍と蒋介石の国民党軍が戦闘状態に入ったのです。
 このように背後の真相まで見れば、日中戦争を起こした真犯人は、まさしくソ連のスターーリンだったのであります。

【通州事件】

盧溝橋の事件後、日本側は戦闘が拡大しないようにと必死に努力し、ひとまず現地協定も成立させて隠忍自重(いんにんじちょう)を重ねて来たが、中国軍は次々と日本軍を挑発するような事件を起こした。
 たとえば「通州(つうしゅう)事件」。
 これは日本軍守備隊と日本人居留民(きょりゅうみん)の老若男女約五百人が、三千人の蒋介石軍によって、およそ人間とは思えぬような方法で惨殺された事件です。これほど惨(むご)い、これはどの辱(はずかし)めが人間としてできるのかというような、口にするのも忌(いま)わしい殺戮であった。この「通州事件」は日中戦争拡大の契機となった重大事件なのに、戦後の日本の教科書には全く載ってない。これも、中国に対し腰の引けた自虐史観のゆえであります。
 さらに「上海事件」というテロ事件など、中国軍は次々と事件を起こしては、日本軍を大陸の泥沼に、土竜(もぐら)叩きのように誘い込んでいったのです。
 まさに日本は中国共産党の罠に嵌められ、引きずり込まれていったというのが、日中戦争の真相であります。

【漁夫の利】

 かくて国民党軍が日本と戦っている間に、毛沢東の中共軍は勢力を盛り返し、日本が敗戦したのちには国民党軍を潰滅(かいめつ)させ、蒋介石を台湾に逃亡せしめた。そして一九四九年に「中華人民共和国」すなわち現在の中国が建国されたのであります。
 だからこんな話がある。中国を訪れた日本社会党の佐々木更三委員長が毛沢東と会談したとき、委員長が「日本は中国を侵略して本当に悪いことをしました」と詫びた。すると毛沢東は
  「何をおっしゃる。日本が国民党と戦ってくれたおかげで、われわれは天下を取れた」と答えたという。これが日中戦争の真実の姿であります。
 その中国がいま「歴史認識、歴史認識」といって騒いでいるのは、まさにこれ、日本を屈従させ、やがて属国にするための謀略なのであります。

【日米戦争】

 最後に、日米戦争。
 日本は米国となぜ戦わねばならなかったのか――。当時、昭和天皇をはじめ東条首相も国民も、誰一人として日米戦争を望むものはいなかった。にもかかわらず、開戦となってしまったのです。
 その原因を一口でいえば、アメリカの日本に対する人種差別と石油の輸入禁止であります。
 戦前のアメリカは、今からは想像もできないほど人種差別の強い国だった。だからこそ、アフリカから黒人を捕まえてきて奴隷にすることもできたわけです。そのアメリカが、日露戦争に勝った日本を見て、ある種の恐怖心を懐いたのです。

 当時、「日本には連合艦隊という凄いのがある。しかしアメリカには艦隊がない」あるいは「太平洋を挟んで、もしかしたら日本がアメリカに攻めてくるのではないか」などという記事が、まことしやかにアメリカの新聞に載っていたほどです。
 またアメリカは中国大陸に進出する野心を懐いていた。ほかの西欧諸国は東洋に次々と植民地を作ったが、アメリカは出遅れたのです。西部へ西部へとインディアンを征服し、次にハワイそしてフィリピンにまで手を伸ばしたが、西欧各国に比べれば出遅れていた。そこで何とかして中国人陸に進出したいという野心を懐いていた。
 ところが日露戦争の結果として、日本は満州に権益(けんえき)を得た。この日本をアメリカは邪魔に思い、疎ましく思うようになっていたのです。

【排日移民法】

 この心理が「排日(はいにち)運動」すなわち日本人を排斥する運動となって、ついに大正十三年に「排日移民法」というのが成立した。
 これはどのような法律かと言うと、「黄色人種の日本人は帰化不能外国人であり、帰化権はない」としたもので、これを、それまでの各州の法律ではなく、連邦法として定めたというものです。
 この人種差別法の成立は、それまで米国に好意的であった日本の人々の対米感情まで一変させた。たとえば渋沢栄一などは親米そして温厚な勝れた実業家であったが、その渋沢栄一さえ「米国は何というひどいことをするのか」といって憤慨(ふんがい)したという。

【石油禁輸と「ハル・ノート」】

 さらにアメリカは盧溝橋事件以後、日本に対して「ABCD包囲陣」というのを作った。
 Aというのはアメリカ、BはBritainでイギリス、CはChina、ただし中国共産党ではなく蒋介石のチャイナ、DはDutchでオランダ。すなわちアメリカを中心とするこの四ケ国で、日本を包囲して「日本には石油を一滴も入れない」と決めたのです。
 日本には石油資源がない。もし石油が入って来なければ、軍艦の一隻、航空機の一機も飛ばせない。工場もすべて止まる。国家は存続できなくなるのです。

 さらに追い討ちをかけるようにアメリカは、日本がとうてい受け入れることのできない要求、これを実行したら国家が解体するというような要求ばかりを書き連ねた、いわゆる「ハル・ノート」を、最後通牒として日本に突きつけてきた。これが昭和十六年十一月二十六日です。
 まさに石油禁輸で喉首を締め上げたうえ、「ハル・ノーート」の七首(あいくち)を日本の脇腹に突きつけてきたというわけです。

【スターリンの謀略】

 それにしても、なぜアメリカは、手の平を返したように無理な要求を突きつけてきたのか。実は日米交渉は、ぎりぎりまとまるかもしれないという空気もあったのです。
 ところが、「開戦やむなし」と決断せざるを得ない「最後通牒」が、いきなり突きつけられた。
 実はここにも、コミンテルンの謀略の手が伸びていたのです。近年公開されたアメリカの「ヴェノナ文書」という史料によって、驚くべき事実が明らかになった。
 それによると、ルーズベルト大統領のもとで財務次官を務めていたハリー・ホワイトという人物が、「ソ連のスパイ」だったのです。そして「ハル・ノート」は、このホワイトが書いたものであった。

 日米交渉に当っていたハル国務長官本人が作ったものは、もっと穏やかな内容だったのです。ところが、ソ連のスパイが、日本が激昂(げきこう)するような案を作り、これを巧みに大統領に採用させ、「ハル・ノート」として日本に突きつけたのです。
 このようにスターリンは、アメリカ政府の中枢にまで、米人ソ連スパイを多数送り込んでいたのです。
 ついでに言えば八日本に対してもスターリンは、ゾルゲや尾崎秀実(はつみ)らをスパイとして暗躍させている。尾崎秀実などは巧みに近衛内閣のブレーンとして日本の国策決定に参与し、日中戦争を拡大させたり、日本を対米戦争へと追い込んでいく謀略活動をしていたのです。
 では、なぜスターリンは、日米を戦わせようとしたのか。

 それは、当時のソ連がドイツに攻め込まれ、首都モスクワまでも陥落寸前の状態になっていた。もしドイツと同盟関係にある日本が、東から攻めて来たらソ連が危うくなる。何としても日本の矛先をアメリカに向わせなければいけない。かくてスパイのハリー・ホワイトに、日本が絶対に呑めない「ハル・ノート」を作らせたというわけです。
 ここにおよんで日本は、「坐して死を待つよりは・・・」ということで、やむなく開戦に踏み切った。昭和十六年十二月八日のことです。
 これが侵略戦争であるわけがない。まさに国家の存立のため、自衛のため、やむなく戦争に突入したのであります。
 このことは私がいうのではない、あのマッカーサーがアメリカ議会で証言しているのです。

【マッカーサーの議会証言】

 マッカーサーという人物は日本と戦ったアメリカの総司令官ですよ。そして占領軍のトップとして敗戦直後の日本に赴任し、占領政策の一環として現憲法を日本に押しつけ、さらに極東軍事裁判いわゆる「東京裁判」を開いて、日本の戦争犯罪なるものをでっちあげ、宣伝した敵の大将ですよ。
 このマッカーサーが、昭和二十六年五月三日、米上院軍事外交合同委員会に召喚され、戦争に突入した日本について、証言をしたのです。
 ついでに言っておきますが、日本国内の自虐史観というのは、前述のごとく、マッカーサーが「東京裁判」に基づき日本の戦争犯罪なるものを宣伝したところに始まった。しかしアメリカはまもなくこれを言わなくなったのです。
 するとこんどは、中国・ソ進が動き出し、その手先のようになっていた日本国内の左翼政党、マスコミ、進歩的文化人、日教組などが、「日本は侵略戦争をした悪い国だ」と自虐史観をしきりと強調するようになった。そして日本人自らが日本を貶す自虐史観の教科書を作り、それを生徒に教えたのです。かくて日本人は、国に誇りを持たず、国家を忘れ、自己中心・欲望肥大の自堕落・亡国的な民となっていったのであります。

 話を戻します。
 占領軍のトップだったマッカーサーは、昭和二十五年六月に起きた朝鮮戦争で、自ら共産軍と戦うことになった。この朝鮮戦争というのは、北朝鮮が中国とソ連の支援を得て、朝鮮半島統一をめざし韓国になだれ込んで来たもので、マッカーサーは辛うじてこれを押し返し、韓国防衛のため、満州にまで戦略を展開しようとしたのです。
 で、マッカーサーはこの戦いを通して、始めてわかったのです。明治維新以来ロシアの南下という脅威を受け続けていた日本と、自分が同じ立場になってみて、始めて「日本が国を守ろうとすればどうするであろうか」ということが、マッカーサー自身、身に沁みてわかったのです。
 そして昭和二十六年五月の米上院議会で「日本が戦争に突入した動機は、主として、自衛のためであった」という趣旨の証言をしたのであります。

 しかし自衛のためであっても、アメリカと日本では国力に差がありすぎた。開戦より三年九ヶ月、満身創痍(まんしんそうい)となって力尽きた日本は、ついにポツダム宣言を受諾した。敗戦したのです。その決め手となったのが、広島・長崎への原爆投下であった。
 終戦の詔勅で昭和天皇は「……敵は新たに残虐なる武器を使用して頻りに無事(罪なき民)を殺傷し、惨害の及ぶところ真に測るべからざるに至る。而も尚交戦を継続せんか、終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。……帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じ非命に斃(たお)れたる者、および其の遺族に想を致せば、五内(ごたい)《五臓》為に裂く……」と血を吐くような思いを述べておられる。

【ソ連の参戦】

 このような瀕死の日本に、ソ連が参戦して来たのです。
 日本とソ連との間では、昭和十六年(一九四一年)四月に日ソ不可侵条約が結ばれていた。にもかかわらず、スターリンは長崎に原爆が投下された昭和二十年八月九日、突如、満州・樺太・千島に一五〇万の大軍と戦車五千両を投大してなだれ込んで来たのです。
 この侵攻は、すでに息もたえだえの日本を見て、戦後の分け前を確保しようとの、スターリンの佼措な企みからなされたものです。
 さらにソ連軍は、終戦の十三日後に、択捉・国後・色丹・歯舞の北方四島を占領し、その不法占拠は現在にいたるまで続けられている。まさに火事場泥棒です。

 それだけではない。ソ連軍が満州になだれ込んだとき、一五五万人ともいわれた日本の居住民に対し、どれはどの残虐行為をしたか。
 そのさまは、あたかも飢えた狼が子羊の群れを襲うにも似ていた。日本人の民家に押し入ったソ連兵は、銃でおどして金品を強奪し、殺戮し、婦女子を凌辱し、暴虐の限りを尽くしたのです。
 このような残虐行為により、二十四万人以上の日本人一般市民が命を落したのであります。
 それだけではない。ソ連は武装解除した日本車兵士約七〇万人を不法に抑留し、これをシベリアの奥地に送り込んで強制労働に従事させた。
 この苛酷な労働と、飢えと、寒さにより、七〇万人のうち実に十万人が死に追いやられたのです。
 これが、スターリンのソ連が、敗戦時の日本に対して行なった残忍な仕打ちであったのであります。
 
【侵略戦争ではないが罰】

 以上、明治以来の四つの戦争を見てきました。
 これを大観すれば、前に述べたごとく、白人の東洋への植民地支配の中でただ一つ独立を保って来た日本が、自衛のため、祖国防衛のために戦った戦争であります。
 しかし日清・日露は辛じて勝てたが、日中戦争では泥沼に引きずり込まれ、日米戦争では刀折れ矢尽きたうえに原爆で止どめを剌され、さらにソ連によって領土を奪われた。まさに福運が尽きたのです。
 ただし東南アジア諸国は、日本のこの戦争によって、長きにわたる白人支配の植民地から、それぞれ独立できた。これは世界史的意義ともいうべきものであります。

 このように、明治維新以来の日本の戦争は、侵略戦争などというものではなく、まさしく祖国防衛戦争であった。
 しかし、これを仏法の眼で見れば、このような戦争に引きずり込まれたこと自体が、罰なのであります。
 すなわち日本国は七百年前、あろうことか日蓮大聖人の御頸(おんくび)を刎(は)ね奉るという大逆罪を犯しながら、未だに改悔(かいげ)なく背き続けている。ゆえに他国侵逼は歳を逐うて激しくなっているのであります。

【「大闘諍」はこれから】

 私は、日清戦争・日露戦争・日中戦争・日米戦争などは、まだ序分であると思っている。いよいよこれから、大聖人ご予言の「前代未聞の大闘諍 一閻浮提に起こるべし」が、事実になると確信しております。
 そのときこそ、日本が亡ぶ時、そして同時に、広宣流布・国立戒壇建立の時なのであります。
 見てごらんなさい。
 地球上では、いまアメリカと中国が、共に人類を絶滅し得るほどの核兵器を持って睨(にら)みあっている。もし戦ったら人類を亡ぼす、いや地球すら壊わすことができる。これこそまさに最終戦争であり、「前代未聞の大闘諍」であります。
 そして共産党独裁の中国の核戦力は、いまや米国のそれを凌駕(りょうが)しつつある。すでに米国本土の各都市を核攻撃できるだけの力を中国は持つに至っている。

 それだけではない。平松茂雄氏によれば、有人宇宙船「神舟(しんしゅう)」に成功した中国は、米国のミサイル防衛システムをも破壊する「宇宙軍」を二〇一〇年までに作り、米防衛システムを無力化せんとしているという。
 もうアメリカの「核の傘」が日本を守ってくれるという時代は終わったのです。大きな地殻変動が起きているのです。
 この圧倒的な軍事力を持つ中国が、日本に侵略の鉾先を向けるとき、日本はどうなるか。仏法の道理の指すところ、この恐るべき他国侵逼は必ず起こる。
 日本の誰人も、これが日蓮大聖人に背くゆえの大罰とは知らない。だから他国侵逼か起こるとき、政治家も自衛隊も怖じ恐れ、右往左往するだけで、ただ亡国を待つのみとなる。

【忠誠貫く大集団必ず出現】

 だがこのとき、大聖人様のお力により、一国を諌める捨身の仏弟子の大集団が出現する――それが顕正会であります。
 御在世には戒壇の大御本尊御建立のとき、熱原の法華講衆が出現して大事な御奉公をされたが、これも仏様のお力による。国立戒壇建立のとき、どうして命かけて御本仏に忠誠を貫く仏弟子の大集団が出ぬ道理がありましょうか。
 ゆえにいま顕正会員として馳せ参じている者は、ことごとく地涌の菩薩の流類、一人として使命のない者はないのであります。

【日本に残された時間は少ない。】

中国の日本への侵攻は、早ければ二〇一〇年代、遅くとも二〇二〇年代、まさしく「あと十有余年」であります。
 大聖人様は、大蒙古の侵略に怯える幕府に対し、こう仰せられた。
  一豈(あに)聖人を用いずして、徒(いたずら)に他国の逼(せ)めを憂えんや」と。
 久遠元初の御本仏この国にまします。しかるに鎌倉幕府はこの大聖人を怨み、流罪・死罪に処した。このゆえに日本は諸天の責めを受けたのである。ここに大聖人様は「なぜ聖人の言葉を用いずして、いたずらに他国の逼めを憂えるのか」と諌め給うたのであります。
 今も同じです。真の天の責めであるならば、いかなる軍事力で守らんとしても及ぶところではない。ただ日蓮大聖人の仏法を立てて諸天の守護を得る以外には断じてない。
 ここに、大聖人様に捨身の忠誠を責く三百万の仏弟子と、その先陣たる男子精鋭十万があるならば、日本は必ず救える。そしてこの十万は、三万の結集が成ればもう眼前ではないか。
 さあ、三年後の男子部大会を一点に見つめ、男子部は本日より、大地ゆるがす猛進を開始してほしい。しっかり頼む。(ハイッ) (大拍手)




男子部幹部会(平成20年8月17日)
【諸天に申し付け化導し給う 日蓮大聖人の御威徳を拝せよ】



 きょうは全国から、よくぞこの「船橋アリーーナ」に馳せ参じてくれました。お盆の帰省ラッシュとぶつかり、道路もさぞ渋滞していたでしょう。それらの困難を乗り越え、はるばる馳せ参じてくれたみなさんの信心の真心、私は有難いと思っております。

【地涌の流類一堂に】


 どうです。この男子部幹部会の素晴らしい信心の大熱気――。功徳の歓喜といい、広宣流布への燃える大情熱といい、まさに地涌の菩薩の流類、一堂に会すの思いであります。
 今の濁った腐り切った日本の中で、これほど純粋・熱烈の若き男子青年の大集会が、どこにありましょうか。これこそ地涌の菩薩の流類、時を感じて集い来たった姿であります。
 大聖人様は諸法実相抄に「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は、男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」と。
 広宣流布以前において、周わりが反対する中で、けなげに大聖人様を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉り折伏に立つ者は、みなことごとく地涌の菩薩である。地涌の菩薩でなくて、どうしてこのお題目が唱えられようか――と仰せ下さる。

 さらに
 「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり。未来も又しかるべし。是れあに地涌の義に非ずや。剰(あまつさ)え広宣流布の時は、日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は、大地を的とするなるべし」と。
 大聖人様はこの地球上で始めて、久遠元初の妙法たる南無妙法蓮華経をお唱えあそはした。その縁に引かれて二人・三人・百人と次第に唱え伝えた。これ、地涌の菩薩の流類が次々と大聖人様との宿縁に引かれて出てくる姿である。このことは御在世だけではない、未来もまた同じである。これが地涌の義であると仰せられる。

 すなわち、大聖人御入滅後においても、けなげに御本尊を信じ広宣流布の決意に立つ者が続々と出てくる。そして広宣流布の時は、日本一同が南無妙法蓮華経と唱えることは、大地を的として外れない――と御断言下されている。
 まことに勿体ない。我等ごときいうに甲斐なき凡夫を、地涌の菩薩の中にお加え下されていること、なんとも有難い限りであります。
 いま顕正会員は、この「未来も又しかるべし」の仰せのままに、広布前夜の濁悪の日本に生まれ出で、大聖人様に忠誠を貰いているのであります。
 されば、いまここに馳せ参じた皆さんは、ことごとく地涌の菩薩の流類であり、一人として使命のない者はない。
 入信するまではその使命にめざめないが、ひとたび日蓮大聖人を信じ、広宣流布への決意を胸に懐いた以上は、ことごとく地涌の菩薩の流類です。どうかその使命に生き抜き、戦ってほしい。

【広宣流布の突破口】

 そしてただいま、男子全幹部の三万結集への鉄石の誓い、確かに男子部長より聞きました。
 三万結集は必ず成ると、私は確信している。
 それにつけても、いま男子部長が発表してましたが、全班長が立てた誓願の総合計は六万二千名を超えたとのこと、驚きましたね。その情熱、心意気が私は嬉しい。
 ただ一つ、心配なことがある。それは六万二千も集まると、もう国内では入るところがないんです(笑)。
 で、聞きながら考えていた。中国でも行くかと(爆笑)。オリンピックが終われば、あの「鳥の巣」も空いている(大爆笑)。
 私はこの三万結集を、「広宣流布の突破口である」と、前々から言ってきました。
 そのわけは、この濁悪の日本に、日蓮大聖人に忠誠を貫く身命も惜しまぬ十万の男子精鋭があれば、日本は必ず動く。そしてその十万の成否は明年の三万結集にかかっている。ゆえに三万結集こそ広布の突破口なのであります。
 さあ、本日ここに集まった全幹部の爆発的な大惜熱で、みごと三万結集を成しとげ、大聖人様の御照覧を賜わりたい。
 男子部諸君、しっかり頼む。(ハイッ)(大拍手)

【広宣流布は大聖人の御威徳で成る】

 さて、広宣流布は、大聖人様のお力によって成し遂げられるのであります。
 日本に始めて仏教が渡来したとき、仏法が日本一国に広まったのは釈迦仏の力による。しかし釈尊の仏法はインド・中国・日本の東洋三国だけに止まった。これ熟脱仏法であるから、その範囲も狭いのであります。
 だが、日蓮大聖人の下種仏法は、日本に広宣流布して国立戒壇が建立されたのち、一気に中国・インドさらに全惜界へと流布する。この広大な御化導は、下種仏法なるがゆえであります。
 ゆえに報恩抄には
「日本乃至漢土・月氏・一閻浮提に、人ごとに有智・無智をきらはず、一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし。(乃至)日蓮が慈悲曠大ならば、南無妙法蓮華経は万年の外(ほか)未来までもながるべし」と仰せられるのです。
 いいですか。日本から始まって、必ずや全世界の人々が南無妙法蓮華経と唱えるようになる、とのご断言であります。
 では、それは誰人の力によるのかといえば「日蓮が慈悲曠大ならば・・・」と仰せられる。
 まさに大聖人様の大慈悲の力、圧倒的な威力によって、地球上の全人類が南無妙法蓮華経と唱え、一人ひとりが成仏をさせて頂けるのであります。

【諸天の存在とその力用】

 そして、日蓮大聖人のこの圧倒的な御化導を助けまいらせているのが、実に「諸天」なのです。
 この諸天の存在は、現代人にはなかなか理解できない。何か架空のこと、例え話のようにしか聞こえない。だから学会などは、この世間の風潮におもねて、いつも浅薄な会通ばかりしている。
 しかし御書・経文を拝見すれば、いたるところに諸天の存在が厳然と説かれている。ゆえにこの諸天の存在がわからなければ、大聖人様の御威徳を如実に拝することは絶対にできないのです。

 よって私は、御書の仰せのままに諸天の存在とその働きを、いつも如実に見つめております。
 いいですか。
 この大宇宙には十界が存在している。地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界の十界ですね。宇宙広しといえども、あらゆる生命はこの十界の中に収まるのです。
 では、諸天は十界の中のどこに属しているかというと、天上界です。天上界の衆生を諸天というのです。
 その名を挙げれば、大梵天王・帝釈天王・大日天子・大月天子・四大天王等ですね。
 このうち「大日天子」「大月天子」だけは我々の目に見えるが、あとの諸天は見えない。四条抄の「一切の守護神・諸天の中にも、我等が眼に見えて守護し給うは日月天なり。争(いかで)か信をとらざるべき」との仰せのとおりです。
 そしてこれらの諸天は、南無妙法蓮華経の大法によって成仏を得ることができたのです。だから諸天は、自身が成仏させて頂いたこの大法を何よりも大事とし、これを守護することを使命としている。またその功徳によって、天上界の果報を得ているわけであります。

【諸天の誓い】

 ですから、法華経の安楽行品には「諸天昼夜に、常に法の為の故に、而も之を衛護す」と説かれている。「法の為の故に」とは、南無妙法蓮華経の大法のゆえにということです。
 また法華経の嘱累品では、釈尊が「末法の法華経の行者を守護すべし」と命じたことに対し、諸天は「世尊の勅の如く、当に具さに奉行すべし」――仏様の御命令のごとく、必ずや末法の御本仏をお守りいたします――と三たび繰り返し釈尊に誓っているのです。

【諸天の力用】

では、諸天はどのようにして大聖人の御化導を助けまいらせるのかといえば――
 もし一国がこぞって大聖人を迫害するならば、まず天変地夭、すなわち大地震・異常気象・大飢饉・大感染症等の罰を以て一国を諌める。もしこの諌めを用いずになおも迫害を続けるならば、諸天は人の心に入って内乱を起こさしめ、ついには隣国の王を動かしてその国を侵略し、罰する。
 このように諸天の力用というのは時間・空間の制約を受けず、水・火も自在。まさに宇宙的スケールで仏法を守護するのであります。
 御本仏は常にこの諸天を従え、そして申し付け、御化導を助けしめておられる。ゆえに大聖人様の御化導を妨げることは誰人もできない。まさに圧倒的なのであります。

【「見えないから否定」は非科学】

 しかし諸天の存在は目に見えない。そこで現代人は浅はかにも、その存在を否定するのです。だが、見えないからといって否定するのは非科学的で、凡夫の思い上がりであると、私は思っております。
 たとえば現代人は科学の発達によって、宇宙についても、あらましのことはわかっているつもりになっていた。ところが実際は何も知らなかったということが、今から十年前の一九九八年に始めてわかったのです。
 どういうことかというと、我々がこれまですべてだと思っていた星や銀河をつくる普通の物質宇宙は、実は全宇宙のわずか四%でしかなかった。残りの九十六%は「見えない宇宙」だったということがわかったのです。
 見えない宇宙というのは、暗黒物質(ダークマター)と暗黒エルギー(ダークエネルギー)の二つです。暗黒物質は全宇宙の二十三%を占め、暗黒エネルギーは七十三%を占めている。

 暗黒物質は宇宙のいたるところに充満している。だからこの会場にもいっぱいあるし、私たちの身体をズブズブと通過している。また暗黒エネルギーは宇宙を膨張させる力にもなっているのです。
 宇宙にとって、これほど大きな構成要素である二つの物質が、一九九八年に始めて存在することがわかった。このとき世界中の宇宙科学者は「我々は今まで四%しか知らなかった。残りは見えない宇宙だったのだ」と大衝撃を受けた。
 だから、見えないからといって諸天の存在を否定することは、凡夫の思い上がりなのであります。

【厳然たる現証を見よ】

何よりも現証を見れば、諸天の存在は誰も否定できない。
 「心得られざれども、現証あれば之を用ゆ」と観心本尊抄には仰せられているが、現証があれば、たとえ自身の理解を超えることでも、信じなければいけない。
 いいですか。大聖人様の「申し付け」に応じて、諸天がいかように大聖人の御化導を助けまいらせているか。その現証をよーく見てごらんなさい。

【竜の口の大現証】

まず竜の口。
これは国家による死刑執行だから、絶体絶命ですよ。誰も逃れることはできない。
 この日の深夜、大聖人様は馬に乗り刑場に向かわれた。途中、若宮小路の八幡宮にさしかかったとき、馬を止められた。周囲を取り囲んでいた兵士たちは「何ごとか」と色めき立った。
 大聖人は「各々さわがさせ給うな。別の事はなし。八幡大菩薩に最後に申すべき事あり」と仰せられ、馬を下りられた。
 ちなみに八幡大菩薩というのは、天照太神とともに仏法を守護するために日本の国主として出現された方で、これを善神というのです。
 日本は久遠元初の白受用身たる日蓮大聖人がご出現になる国であるから、この御本仏を守るために、あらかじめ日本の国主として天照太神と八幡大菩薩が出現し、善神として守護し奉ることになっているのです。すなわち天照太神は皇室の先祖で日本国最初の国主、また八幡大菩薩は第十六代・応神天皇のことです。

 この八幡大菩薩に対し、大聖人様は強々とお叱りになられた。
 「いかに八幡大菩薩はまことの神か。(乃至)今日蓮は日本第一の法華経の行者なり。
其の上、身に一分のあやまちなし。日本国の一切衆生の法華経を謗じて無間大城におつべきをたすけんがために申す法門なり。(乃至)日蓮今夜頸切られて霊山浄土へまいりてあらん時は、まず天照太神・正八幡こそ起請を用いぬ神にて候いけれと、さしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞ。いたしとおぼさば、いそぎいそぎ御計いあるべし」と。

 そして再び馬にお乗りになった。
 実はこの八幡大菩薩は、もろもろの諸天とともに、釈尊が法華経を説かれたその会座において、「末法出現の御本仏を必ずお守りする」と釈尊に堅く誓っているのです。
 しかるにいま、大聖人が御頸刎ねられんとするを見ながら、八幡大菩薩はその誓約を破っている。そこで大聖人様は「汝は何もしなくて、それでよろしいのか」と、その怠慢を強くお叱りになられたのであります。
 その直後、あの大現証が起きた。すなわち太刀取りまさに大聖人の御頸を刎ねんとしたその刹那、突如、月のごとくなる光り物が江の島の方から出現した。その光がどれほど強烈であったか。太刀取りは眼くらんでその場に倒れ伏し、数百人の警護の兵士たちも恐怖のあまり一斉に逃げ出し、ことごとく大地にひれ伏してしまった。
 砂浜に坐し給うはただ大聖人御一人。大聖人は大音声で叫ばれた。
「頸切るべくわ急ぎ切るべし。夜明けなば見苦しかりなん」と。
 だが、一人として近寄る者とてない。みんな腰がぬけてしまったのです。まさに国家権力が、一人の大聖人の御頸を切れず、その御威徳の前にひれ伏してしまったのであります。

 このような荘厳・厳粛の光景が、人類史上、地球上のどこにあったか。これこそ末法の一切衆生に、日蓮大聖人こそ久遠元初の自受用身であられることを、理屈ぬきにお教え下されたのです。
 そしてこの御化導を助けまいらせたのが、実に八幡大菩薩であり、大月天子だったのであります。

【自界叛逆の大現証】

ついで大聖人様は佐渡に流された。このとき大聖人は日天・月天に対して「日月天に処し給いながら、日蓮が大難にあうを今度かわらせ給わずば、一には日蓮が法華経の行者ならざるか、忽ちに邪見を改むべし。若し日蓮法華経の行者ならば、忽ちに国にしるしを見せ給へ。若ししからずば、今の日月等は釈迦・多宝・十方の仏をたぶらかし奉る大妄語の人なり。
提婆が虚誑罪、倶伽利が大妄語にも百千万億倍すぎさせ給へる大妄語の天なり」と声をあげて、その怠慢を責め給うた。その結果、忽ちに北条一門の中に自界叛逆が起きた。これもまさに諸天が動いたのであります。

【他国侵逼の大現証】

 また佐渡からお帰りになったとき、大聖人は、幕府の実力者であり大聖人を流罪・死罪に処した当事者の平左衛門に対し、三度目の、最後の諌暁をあそばされた。このとき平左衛門は北条時宗の意を受けてか、大聖人にお伺いしている。
  「蒙古はいつごろ押し寄せて来ましょうか」と。
 大聖人は答えられた。
 「天の御気色いかり少なからず急に見へて候。よも今年は過ごし候はじ」――諸天のようすは怒り少なからず、ことは切迫しているように見える。よも今年を過ぎることはないであろう――と御断言された。
 これが文永十一年の四月八日。そしてご断言は寸分も違わず、この年の十月、大蒙古の軍船は大挙して日本に押し寄せている。
 なぜこのような御断言ができるのか。これは政治情勢・軍事情勢などを見ての推測ではない。実に大聖人様が諸天に「申し付け」られればこそ、このようなご断言ができるのであります。

 いいですか。大慈大悲の御本仏に対し幕府は頸を刎ねんとし、二度まで流罪を行っている。この大罪により国は亡んで当然である。よって諸天はすぐにでも他国侵逼の大罰を下さんとしている。しかし大聖人様は「三度目の諌暁をするまでは」と、諸天の動きを制しておられたのです。
 ゆえに下種本仏成道御書には「此の国の亡びん事疑いなかるべけれども、且く禁をなして、国をたすけ給へと日蓮がひかうればこそ、今までは安穏にありつれども、法に過ぐれば罰あたりぬるなり」と仰せられている。
 しかし第三度の諌暁をも幕府は聞き入れない。よって、ついに諸天にその「禁め」を解かれた。ここに諸天は直ちに隣国をしてその年の十月、日本を逼責せしめたのであります。

王舎城事にはこう仰せられている。
 「後生はさてをきぬ。今生に、法華経の敵となりし人をば、梵天帝釈・日月・四天罰し給いて、皆人に見懲りさせ給へと申しつけて候。日蓮、法華経の行者にてあるなしは、是れにて御覧あるべし」と。
 日本国の人々は、邪宗の坊主の煽動により大聖人を憎み流罪・死罪にした。これがどれほど大きな罪を作ることになるか。このことをわからせるために、梵天・帝釈・日月等の諸天に「申し付けた」と仰せになっておられる。
 このように諸天に申し付けることのできるのは、大聖人様が御本仏だからです。ゆえに「日蓮、法華経の行者にてあるなしは、是れにて御覧あるべし」と仰せられる。

 この蒙古襲来という大罰こそ、実は日本の人々を改悔させ、後生の無間地獄を救わんとあそばす大慈大悲なのです。ゆえに次文に「あへて憎みては申さず、大慈大悲の力、無間地獄の大苦を今生に消さしめんとなり」と仰せられるのであります。

【諸天に申し付ける大境界】

 どうです――。これらの大現証を拝見すれば、日蓮大聖人の御化導を助けまいらせる諸天の存在は、もう誰も疑うことができないでしょう。
 まさしく日蓮大聖人は諸天に申し付けて賞罰を行い、以て順逆二縁の一切衆生をお救い下さるのです。ゆえに私は「広宣流布は、大聖人様の圧倒的なお力によって成される」と、常に言い切っているのであります。

【今こそ広宣流布の時】

 さて、この大聖人様が大願とされ、門下にご遺命されたのが、日本の広宣流布・国立戒壇建立の一事であります。
 では、どういう時に広宣流布は実現するのか。
 三人秘法抄には「末法濁悪の未来」と仰せられている。この「末法濁悪」とはどういうことかというと――
 日本国は、七百年前に大慈大悲の御本仏を流罪・死罪にして、未だに背き続けている。その間、幕末までは血みどろの内戦に明け暮れ、明治以後は日清戦争・日露戦争・日中戦争・太平洋戦争という戦いに引きずり込まれるという罰を受けた。だが日本はまだ気づかない。
 そして今、いよいよ亡国の時を迎えている。その前兆として、人心がきわめて荒廃している。これが「末法濁悪」です。
 見てごらんなさい。子は親を殺し、親は子供を殺す。まして他人においておや、バラバラ事件などはもうめずらしくない。「誰でもよかった」という無差別殺人事件も頻発している。これはもう人間のやることではない、鬼畜の所行です。

 これほど人の心が悪くなり崩れた時代は未だ曽てない。これが世間における「末法濁悪」であります。だがもっと重大な、仏法における「末法濁悪」がある。それが御遺命破壊であります。
 すなわち、第六天の魔王その身に入った池田大作が、国立戒壇建立の御遺命を抹殺せんとして正本堂という偽戒壇を作り、なんと宗門の全僧侶までが学会のカネに目がくらんで、この悪事に全面協力してしまった。
 正系門家七百年の歴史において、このように大事の御遺命が破壊されんとしたことは未だ曽てない。この仏法の濁乱こそ、もっとも重大な「末法濁悪」の姿であります。

【天変地夭と大闘諍】

 しかし大聖人様は、この「末法濁悪」の時に広宣流布すると、ご予言されているのであります。
 ではその時、どのようなことが起きてくるのかといえば、諸天の怒りにより、まず天変地夭が起き、次いで地球規模の大戦乱が起きてくる。
 このことを撰時抄には「其の時、天変地夭盛なるべし。(乃至)前代未聞の大開静一閻浮提に起こるべし」と。
 この大罰によって、日本一同、始めて日蓮大聖人の偉大な御存在にめざめる。ゆえに上野抄には「梵天・帝釈等の御計いとして、日本国一時に信ずる事あるべし」と仰せられるのであります。
 すでにもう「大罰の時代」に入りましたね。だから諸天の働きにより、天変地夭が盛んになっている。
 いま世界中が騒いでいる地球温暖化もその一つです。この温暖化が進めば大旱魅・大洪水・大火・大風・大飢饉そして悪性の感染症等も起きてくる。だからみな「温暖化、温暖化」といって騒いでいるのです。

【地球温暖化は諸天の働き】

 しかしこの地球温暖化の原因について、世間では、人間が排出する二酸化炭素(CO2)が原因だとして、世界中が「CO2削減」「エコ、エコ」と狂騒曲を演じている。
自動車などの排気ガスが減って空気がきれいになるのは大いに結構ですが、温暖化がC02によるというのは誤りです。
 たしかに今、地球の平均気温が高くなっているのは事実、またC02が増えつつあるのも事実です。ただし間違っているのは、地球温暖化の原因をC02だと決めつけていることです。
 なぜ世界中が「C02犯人説」を信じてしまったのかというと、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の仮説的な報告書を、アメリカのゴア元副大統領が拡大解釈して「不都合な真実」という映画を作り、これをセンセーショナルに宣伝したからです。これには彼の政治的な意図も大いにあった。

 かくて世界中が「CO2犯人説」という迷信を信じて、誰もこれに異を唱えることができないような空気が、世界を覆ってしまったのです。
 しかし私は仏法の上から、この地球温暖化は諸天の働き、なかんずく大日天子(太陽)の働きであると前々から確信していた。
 よって昨年二月の御書講義と四月の総幹部会において「科学者が地球温暖化の原因と指摘している人為による二酸化炭素排出は、原因の一部でしかない。最大にして根本の原因は、まさしく諸天の働きによる。諸天の中にも大日天子すなわち太陽活動による。大陽子不ルギーの強大さに比べれば、人間の作為などはあまりにも小さい」と述べたのです。

【科学が仏法に近づく】

 ところがその後、出て来たのです。勇気ある、そして冷静な学者たちのレポートが、続々と出てまいりました。
 昨年の後半から今年の前半にかけて、十人に近い、東大、京大、東工大等の、地球物理学専門学者等の見解が、次々と発表された。
私はこれを見たとき、我が意を得たりと、膝を叩くような思いになった。それらの見解を要約すれば――
 まず、C02は温暖化の原因ではないということ。これは因果関係を取り違えている。すなわち気温が上昇したからC02が増加したのであって、CO2か増えたから気温が上昇したのではない。このことは気温とC02との相関を示すグラフを見れば一目瞭然である。
 次に、地球の気温を上昇あるいは下降させる根源の力は、太陽活動にあるということ。これも太陽の黒点数と気温の相関を示すグラフを見れば、一目瞭然である。

 また、太陽の日射量は地球を覆う雲量によって影響を受けること。雲が多ければ日ざしを遮る。よってその傾向が長期化すれば地球は寒冷化に向かう。逆に雲量が少なくなれば温暖化する。そしてこの雲量は、銀河から飛んでくる宇宙線の量によって増減する。宇宙線が、雲が発生する際の凝結核の役割をするのだという。
 さらに、太陽の日射量に影響を与えるもう一つの要因として、地球自体の回転運動がある。すなわち地球の公転軌道や公転周期、また自転周期や自転輪の傾斜角などのわずかな違いで、太陽の日射量は大きく変わる。そしてこの地球の回転運動の変化に、月や惑星が影響している――とのことであります。

 これらの学説は、仏法の道理に合致しています。科学が仏法に近づいて来たのであります。
 いいですか。立正安国論に仰せの
  「日月度を失い」というのは、地球の回転運動の変化がもたらす現象に他ならない。
  「星宿変怪(せいしゅくへんげ)の難(なん)」というのは、惑星運動の異常を表わす。
  「日月薄蝕(はくしょく)」あるいは「日月明(めい)を現ぜず」というのは、宇宙線による雲量の増加が太陽の日射量を減少させている姿であります。

 まさに地球の温暖化も寒冷化も、それを支配しているのは太陽であって、加えて月、惑星、宇宙線が、補助的役割を果しているということです。
 これこそ大日天子・大月天子・大明星天子等の働きそのもの。まさしくいま起きている地球温暖化、あるいは将来の寒冷化は、諸天の働きによるのであります。
 そしてこの地球異変は、やがて起こる「前代未聞の大闘諍」の前触れです。すでに、世界大闘諍の入り口となる世界恐慌は始まらんとしている。その震源地はアメリカと中国ですよ。

【米国の金融危機】


 アメリカはサブプライムローン問題からフ年も経つというのに、収束の気配すら見えない。いや、ますます広がって泥沼の様相を呈している。
 全米の住宅ローン総額の約半分に当る「五五〇兆円」を引き受けている住宅公社二社の、ファニーメイとフレディマックまでが経営危機に陥ってますね。この二社が抱える「負債」は、アメリカ国債の市場での発行残高を超える規模ですから、もしこれが潰れたら、忽ちに全世界が金融恐慌になる。そこで米国政府は慌てて公的資金を役人するとしたが、これも対症療法で、先行きの見通しは立ってない。
 地方銀行の倒産も始まって来た。すでに八行が潰れ、続々と倒産予備軍が増えつつある。先月、ポールソン財務長官は「アメリカは大きな試練を迎えている」と述べたが、かって名財務長官といわれたロバート・ルービンや、著名な投資家のジョージ・ソロスまでが、口を揃えて「今回の危機は戦後最悪の危機だ」と言っている。
 まさにアメリカは今、一九二九年の世界恐慌以来の金融危機を迎えているのです。
そしてこの未曾有の信用収縮が実体経済を壊し、大量の失業者を出し、世界恐慌を招くのであります。

【中国経済は崩壊寸前】


 一方の中国はどうかというと、これもバブル崩壊です。昨年まで中国経済は順風満帆で、成長率は世界一。二〇一三年にはGDPが日本を抜いて米国に次ぐ世界第二位になるといわれていた。
 ところが今年に入って、一月に大雪害、三月にチベット暴動、五月に四川大地震、六月に貴州省で六万人の大暴動、さらにオリンピック開催と同時に、新疆ウイグル自治区で独立派のテロが相次いで起きた。あっというまに中国社会が不安定になってきたのです。
 そしてオリンピック後の不安を見越して、いま株と不動産のバブル崩壊が始まって来た。
 まず株は、昨年十月の最高値から六割強も暴落してしまった。庶民の虎の子が、三分の一になってしまったということです。
 不動産もピークから三割下がっている。中国の住宅バブルがいかに大規模かというと、上海だけで二十階建て以上のビルは五〇〇〇棟もある。東京ですら九〇〇棟しかないのです。住宅バブルの規模がどれはどかということがわかりますね。
 中国経済のこれまでの成長は、ひとえにアメリカヘの輸出と、国内の住宅バブルに支えられた建設ラッシュによる。ところが、今やこの二つがなくなっちゃったのです。

 胡錦濤国家主席は八月一日、外国メディアとの会見でこう述べた。
  「中国経済は厳しい試練を受け、困難が増している。中国が直面する矛盾や、問題の規模と複雑さは、世界に類例がない」と。
 たいへんなことを言っているでしょ。恐らく彼は、中国経済の崩壊を想定しているのかもしれない。
 このように、アメリカと中国を震源とする世界恐慌は、いままさに起こらんとしているのであります。

【「前代未聞の大闘諍」は必ず起こる】

 加えて物価の上昇と、食糧と水不足が世界を覆っている。世界の人口は毎年八千万人ずつ増えているのだから、食糧と水の不足は歳を逐って激しくなるのです。
 大聖人様は「水すくなくなれば池さはがしく・・・」と仰せでありますが、食糧・水・石油などが欠乏したら国家は存立できない。そこで、この奪い合いが戦争を誘発するのです。
 しかも人類は核兵器を持つに至った。ここに大聖人御予言の「前代未聞の大闘諍」閻浮提に起こるべし」が、事実となるのであります。

【やがて弾圧が姶まる】

で、いま、多くの識者・評論家等が、暴動相次ぐ中国の不安定を見て、口々に「中国共産党の独裁体制はもう持たない、崩壊するのでは・・・」などと言うようになった。
 私はそうは思わない。
 中国共産党は、そんなヤワなものではない。国家目標達成のためには、イザとなればいかなる犠牲も厭わない。そういう国が中国なのです。
 見てごらんなさい。あの人民公社の大躍進運動では、数千万人の餓死者・犠牲者を出しても目的を貫いている。また文化大革命でも、反対派を数千万人も殺している。大安門事件では戦車で人民を踏みつぶしている。
  「中華大帝国」の覇権獲得という国家目標のためには、いかなる犠牲も顧みない。これが建国以来六十年の中国の歴史なのであります。
 まして今日の中国当局には、三重の弾圧装置がある。その一つが強大なる人民解放軍、もう一つが武装警察、もうIつが公安警察です。
 今はオリンピックがあるから世界の目を意識しているが、それ以後は必ず猛烈なる弾圧が始まる。「反革命分子」は根こそぎ刈り取られるに違いない。そして人民は、不満があってもこれには抵抗できない。結局、抑えつけられる。

【憎悪の標的は「日本」】

 その上で中国共産党は十三億の民を団結させるために、愛国心を植えつけ、ナショナリズムを昂揚させる。それには敵がなければならない。その敵こそ「日本」であります。
 そもそも人民解放車の「解放」とは何を意味するかというと、曽ての「日本車の残虐から中国人民を解放する」ことを意味していた。また中国共産党独裁の正統性も、この「抗日」にあったのです。
 だから中国政府はこれまで、大規模な「抗日戦争記念館」や「南京大虐殺記念館」などを作って、中国人民の心に「日本憎し」を絶え間なく刷りこんで来たのです。
 今は微笑外交を装っているが、国内の不安定さが増せば中国は豹変する。日本を標的にして人民の憎悪を燃え上がらせ、国内を一結させるに違いない。

 そして「中国経済が崩壊したのも、人民の生活が苦しくなったのも、すべては日本が悪いのだ」と宣伝すれば、枯れ葉に火のつくごとく、「日本憎し」の火は中国全上に燃え広がる。その上で、日本の富と技術を、当然の権利のごとくに収奪しようとする。
 ここに、日本への侵略が始まるのです。だから中国の不安定さが増せば増すほど、他国侵逼は早まる。そしてこれこそ、日本の広宣流布を早める諸天の働きなのであります。
 いま日本で中国研究の第一人者は、四十年にわたって中国の軍事力研究に携わって来た平松茂雄氏であることは、多くの人の認めるところですね。この人は、これまでにも多くの著書を出してこられたが、本年六月、改めて「『中国の戦争』に日本は絶対巻き込まれる」と題する一書を著わした。私は、冷静なこの一老学究が「絶対」という言葉を用いたことに驚きました。
平松さんは、軍事力の上から、これを言い切ったのです。私は仏法の上から、他国侵逼を言い切っております。なぜか。もう諸天が許さないからです。

【諸天いかで許そうか】

 大聖人の御首を刎ね奉らんとした日本国は、いったいいつまで背き続けるのか。また門下は、御本仏一期の御遺命を無慚にも投げ捨て、今なお不敬・冒涜の御開扉を続けている。どうして諸天が許しましょうか。
 やがて諸天は必ず隣国を動かす。報恩抄には
 「時に隣国の怨敵(おんてき)、是(か)くの如(ごと)き念を興(おこ)さん。当(まさ)に四兵(しひょう)を具して彼(か)の国土を壊(やぶ)るべし」と。
 「四兵」とは今日でいえば、陸・海・空の三軍に加えて核の部隊と恩えばよい。これら「四兵」を具して、日本の国土を破壊しようと隣国が決意を懐く。これが諸天の働きです。

 かくて、恐るべき他国侵遥か起こる。
 立正安国論の「其の時、何んが為んや」また同奥書の「未来亦然るべきか」の御警告は虚事ではない。今こそ、伏してこの御金言を拝し奉らなければいけない。
 しかしこの危機も、極楽トンボのような政治家たちにはわからない。御遺命に背いた無道心の輩にはわからない。
 もしこの他国侵逼が事実となったら、そのとき日本は亡びる。「国を失い家を滅せば、何れの所にか世を遁れん」の悲惨が事実となるのです。
 この悲惨を遁れるには、日蓮大聖人の仏法を立てる以外にはない。国立戒壇を建立する以外にはないのです。

 ゆえに四十九院申状に
  「第三の秘法、今に残す所なり。是れ偏に、末法闘諍の始め他国来難の刻み、一閻浮提の中の大合戦起こらん時、国主此の法を用いて兵乱に勝つべきの秘術なり」と仰せられるのであります。
 しかしこの大前提には、日本一同が日蓮大聖人に帰依しなければいけない。ここに大聖人様は忠誠の仏弟子の大集団を召し出だし、戦わしめ給うのであります。
 この集団は、大聖人の御命令を信心の耳で聞き奉り、「第一の五十年」においては御遺命を守護し奉った。そしていま日本の亡国を前にして、一国諌暁の戦いを進めつつある。
 その死身弘法はいまや百三十万に達せんとし、三百万も眼前となってきた。この濁悪の日本、魂を失った日本に、御遺命を奉ずる三百万の仏弟子の大集団が出現し、さらに先陣を承る十万の男子精鋭が結集して大闘諍に立つとき、一国は必ず動く、日本は必ずめざめる。
 まさに大聖人の御威徳により、「日本国一時に信ずる事あるべし」は事実となるのであります。

【三大秘法根底の日本を築かん】

このとき、日蓮大聖人を魂とした仏国が始めてできる。三大秘法を根底とした王仏冥合の新しい日本ができるのです。
 この信仰革命は、明治維新などとは比較にならない。聖徳太子の飛鳥の日本も、伝教大師の平安の日本も遠く及ばない。文底深秘の大法を根底とした、人類史上、未だ曽てない新しい国家の建設であります。
 いま世界は資本主義も、共産主義も、民主主義も、全体主義もことごとく行き詰まり、すべての国が四悪道に陥っている。
 三人秘法を根底とした王仏冥合の国家こそ、全人類が心の中で求めていた究極の理想国家であります。この国家が地球上に一つ出現することは、やがて全人類が救われることを意味する。
 大聖人様の大願はここにあられる。
 この大仏事に、人生をかけ、命をかけ、何の悔いがありましょうか。
 その広宣流布の突破口こそ、明年の男子三万の結集であります。
 さあ、男子部諸君、私と共に戦い、大聖人に応え奉ってほしい。しっかり類む。(大拍手)





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